幾夜、同じ夢を見続けているのだろうか?
熱い吐息も、柔らかな肌も、しなやかな身体のうねりさえも、
何もかも、今しがたまで己の手で触れていたように感じる。
まだ互いの想いさえも確かめ合っていないはずなのに、
それが現実のものであるような錯覚にさえ陥ってしまうのは、
…………何故…………?!
「……はぁ……今日もまた同じ夢ですよ……。
僕……欲求不満なのかなぁ……?」
黒の教団内にある自室で目が覚めたアレンは、
毎夜見る同じ夢に悩まされていた。
以前は心地良いと感じていた夢だったのに、
ここ最近は心地良さを通り越し、拷問に近く感じることさえあった。
毎夜自分を優しく抱きしめ、
熱の篭った台詞で愛を語ってくれる美しい天使。
その相手が自分の恋人で、
自分も言葉では語りつくせないほどに彼を愛している。
そう自覚してからというもの、
アレンはもう一つの恐ろしい夢を見なくなった。
大好きだった養父……マナを壊してしまう、おぞましい夢を……。
だが、問題は別にあった。
ある日を境に、それまでおぼろげだった恋人の姿が
はっきりと見えるようになったからだ。
……それが……。
「……よりによって……あのカンダですからねぇ……」
アレンはこれみよがしに大きな溜息をついた。
「別に……神田が嫌いなわけじゃないよ?
そりゃあ、自分勝手で、いつも怒ってて。
僕のこと見つけるたびに、眉間にこぉ〜んな皺作っちゃって。
ぼくが甘いとか……モヤシだとか……へなちょこだとか。
そんな悪口言われたって、それぐらいのことでメゲたりしないけど。
けど……けどね……
僕以外の人間とは……以外に仲がいいなんて……
そんなの、ヒドイじゃあないですかっ……」
ついこの間、談話室でラビとじゃれ合う神田の姿を見かけた。
そりゃあ確かに、ラビとの長い付き合いを考えれば、
神田がラビと仲が良くても、別に不思議な事じゃないのだけれど。
自分に対しては明からさまに嫌悪感を示すばかりで、
ちっとも構ってくれやしない。
ラビと話すときの神田の姿を思い出すと、
アレンの胸元がチクリと痛んだ。
思わず着ていたシャツの胸元を掴むと、
苦虫を噛み潰したような渋い顔をする。
「……また僕のこと……好きになってくれるって言ったのに……」
夢の中で何度も繰り返された睦言。
例え生まれ変わっても、何度巡り逢っても、
必ず自分を好きになってくれると約束したはずなのに……。
自分が今にも泣きそうな顔をしているなど、
当のアレン自身も気が付いてはいない。
「……あれ? 僕、何言ってんだろ?
夢の中での約束じゃないか……
……ったく……いい加減、どうかしちゃってるなぁ……」
明らさまな独り言を呟きながら、
自分の肩口に止まって不思議そうにするティムに笑顔を向ける。
「大丈夫だよ? ティム。
さっ、今日は新しい任務に出発する日なんだから、
その前にジェリーさんのご飯で腹ごしらえだ!」
アレンの言葉に頷くように、ティムが食堂へ先導すべく入り口へと向かう。
その後を追って勢い良くドアを開けてみたものの、
アレンはドアの前に佇む思いも寄らない人物に
心底驚いたと言う様子で口をあんぐりと開けていた。
「……かっ……神田……?」
目の前にいるのは、さっきまで夢に見ていた相手で、
その背中に羽さえ生えていないものの、
端正な顔立ちと綺麗な黒髪は夢でみたそのままだった。
さっきまで夢の中で、
この腕に抱擁され、この唇で全身に愛撫を受けた。
そう思い出しただけで、アレンは顔を真っ赤にする。
そして、普段社交的なイメージ台無しに、
目の前の客人に向かって
朝の挨拶もろくに出来ないまま視線を外してしまっていた。
「おい……モヤシ……俺はこれから任務に出かける。
だがその前に、お前に聞きたい事がある……」
唐突な台詞にアレンは呆けた。
普段、嫌味の一つや二つ言われはしても、
真正面から真剣に声をかけられた事などなかったからだ。
アレンはゴクリと大きな音を立てて生唾を飲み込む。
神田がまっすぐに自分を見つめてくれている事、
そして自分から話がしたいとわざわざ部屋を訪ねてきてくれたことが、
掛け値なしに嬉しかった。
だが、その口を突いて出たのは、自分でも思いがけない
裏腹な言葉と態度だった。
「……神田が、僕に聞きたい事?
めっ、珍しいですねっ?
僕のことなんかいつもバカ呼ばわりしてるのに……!
聞きたい事なら、ラビに聞いた方が確実じゃないですか?
ほら、やっぱラビって物知りだし。
それに……何より、ラビと神田って、ほら……仲いいじゃないですかっ!」
顔を半分引きつらせて答えるアレンに、
神田は解せないという顔をする。
「……はぁ……?
てめぇ、何言ってんだ?
俺は、お前と話がしたいって言ってんだよ。
なんでここでラビが出てくる。 奴じゃ話にならねぇだろうが。
……中に入るぞ……!」
「……えっ? かっ、神田っ?」
神田は何食わぬ態度でアレンの部屋に入り込むと、
さっきまでアレンが寝ていたベッドの上にドカリと腰掛けた。
アレンは其処が自分の部屋だと言うのに、
心底居心地が悪そうに、その前に椅子を持ち出すと
カタリと両足を揃えて座り込む。
目の前の客人はいつもと変らぬ横柄な態度だが、
ふしぎとそれが似合ってしまう。
綺麗な黒曜石の瞳が見つめてくれている先が
今日は他の誰でもなく自分だと言う事が気恥ずかしく、嬉しい。
「……で……あの……話というのは……?」
恐る恐るアレンが神田に切り出すと、
神田は大仰に脚組みをしながら、アレンを見つめる。
そして、一拍置くと、はぁと小さく溜息を落とした。
「……お前……夢を見るか?」
「えっ……ゆ、夢ですかっ??」
「そうだ……夢だ……」
アレンはいきなりの確信を突いた質問に顔を赤らめる。
「そりゃあ僕だって人間ですから……夢ぐらい見ます……」
「だよな。 普通の人間は夢を見る。
だがな、俺は今まで夢なんて見なかった。
まぁ、見ても忘れちまってたのかもしれねぇが、
朝起きて夢を見ていたなんて実感は、今まで感じたことがなかったんだ。
……ついこの間まではな……」
「……はぁ……?」
「それが、そんな俺がだ……ここしばらく、変な夢を見るようになったんだ。
毎晩同じ夢を……それも、お前の夢をな!」
「えっ? ぼ、僕の夢……!?
それって、まさか……」
「そのまさかだ。 お前も俺も、背中に真っ白な羽が生えてやがる。
あたり一面真っ白な薔薇の花が咲いた場所で、
何でか知らねぇが、俺はお前と一緒にいるんだよっ!」
言葉すら乱暴だが、神田の声にはいつもの様な険がない。
おまけに心なしか……頬が紅潮しているような気がするのは、
アレンの気のせいなのだろうか?
「じゃあ、も、もしかして……その……
夢の中で、僕と神田は……恋人同士……とか?」
その言葉が図星だったのか、
神田はさらに不機嫌そうに頬杖をつくと、小さな声でそれを肯定した。
「そんな……まさか、神田が僕と同じ夢を見てるなんて……
信じられません……」
「ああ……俺もだよ。
ったく、何で俺が、よりによってモヤシとくっ付いてなきゃなんねぇんだよ!」
「モッ、モヤシじゃあありませんっ! アレンですよっ!
ぼ、僕だって、なんでよりによって神田なんかとっ……!」
互いに互いを否定する言葉を発してはみたものの、
さっきまでの夢の残像が互いの脳裏に甦る。
その唇の感触が、肌の温もりが、あまりにも生々しくて
二人は互いに顔を背けたまま、その掌に生暖かい汗をかいていた。
「……ともかく……何で俺たちが同じ夢を見てんのか、
お前に心あたりはねぇのか?」
「……ない……です……
……けど……」
「……けど……?」
「何ていうか、うまくは言えないんですが、
僕、確かに神田のこと知っている気がするんです。
神田はつい最近から見た夢かもしれませんが、
その……僕の場合は、かなり前から……同じ夢を見てましたから。
あっ、とは言っても、ぼんやりとっていうか、
いつも自分と一緒にいる相手が、その……キミだっていうことは、
それだけは、つい最近わかったというか……
それまでは、ただの綺麗な天使だったんです。
正直、男か女かもわからない、
ただの綺麗で優しい天使だってことしか……」
アレンは一気に話すと、気恥ずかしさからか、
顔を耳まで真っ赤に染めた。
そのリアクションがある意味神田には小気味良かったようで、
それまで不機嫌そうだった神田の表情が、やんわりと緩んだ。
「……随分前にコムイに聞いた事がある。
強い思念を持った奴が、ある一定の期間同じ夢を見ると、
その夢っていうのが相手に伝染することがあるってな……」
「えっ?! ホ、ホントですかっ?!」
心底驚いたというアレンの様子に、
神田は面白そうにこう続ける。
「……お前……俺の事、好きだろ……?」
「えっ? なっ、何言ってるんですかっ!
そんなこと、あるわけないじゃ……っっ……!」
次の瞬間、アレンの唇に神田の少し冷たい唇が触れた。
夢の中で何度も何度も触れた感触のソレに、
アレンは電流で全身を貫かれたような衝撃を感じる。
……そう……
確かに……確かに、この感触だ……!
そう感じたのはアレンだけでなく、神田も同じだった。
次いで、どちらともなく、互いを貪るような深い口付けへと変っていく……。
「……ふ……ぅっ……」
「……やっぱ、間違いねぇ……この感触だ……」
「……か……んだ……?」
少しずつ離れていく唇の余韻に浸るアレンに、
神田が確信に近い想いを込めて呟く。
「今度会う時は、夢の中と同じことをしてやる。
それまで、お前もせいぜいくたばんねぇようにすることだ……」
相変わらず容赦ない神田の台詞に、
アレンも恨めしそうに呟いた。
「……自分こそ……ちゃんと生きて帰ってきてくださいね」
そんなアレンの肩を、神田はきつく抱きしめる。
思いも寄らない行動に、アレンの心臓は激しい音を立てて速度を上げた。
「……ああ……そうする……」
言葉による確約をしたわけではない。
だがこの瞬間、
神田が自分にとってかけがいえのない存在になっていることを
アレンはただ、浸々と実感していたのだった。
NEXT⇒
≪あとがき≫
大変長らくお待たせいたしました〜〜★
……って言っても、待たせすぎですよね??;
自分でも、こんなに更新が滞るとは思いもしてませんでした。
世の中ハプニングというものはつき物で、
私生活が忙しくなりすぎて、にっちもさっちも行かないと言うのは
こういうことを言うんだと実感してしまいました。
トホホ……┐(´ー`)┌
……にも拘らず、辛抱強く更新を待ってくださっていた皆様には
本当に頭が上がりません;
いつもいつも待たせっぱなしで、無責任極まりない管理人ではありますが、
これからもよろしくお願い致しますm(_ _;)m
さて、いよいよ物語は終盤です。
現世で二人はどうやって結ばれるのか。
そしてティキと神田はどうなるの?
次回お待たせのティキポン登場です〜♪
続きを楽しみにしていらしてくださいませ〜〜〜(=^▽^=)
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〜天使たちの紡ぐ夢〜 Act.12
愛しくて……ただ愛しくて……
己の全てを擲ってでも護りたいと思った相手。
そんな存在が自分にも在ったということを、
危うく見失いそうになっていた……。